ご無沙汰してました。
落ち込んでいるときはなかなかブログを書く気になれず、放置してました。
すみません






今年に入ってからずっと馬場をやっていた訳ですが。
それはなぜか??
昨年末、一年間の競技が終わった時先生に言われたのです。
「障碍をやりたいなら、もう馬を変えた方がいい。
翡翠は蹄が悪いから障碍馬としては売れないけど、
ちょっと障碍の跳べる馬場馬としてなら十分売れるよ。」と。
昨年の障碍の試合は失権だらけでした。
私の恐怖心が原因で失権をくり返していたら、翡翠自身も跳ばなくなってしまいました。
競技馬場に入ってスタートのベルが鳴ると、その音に反応して逃げ出そうとする翡翠。
障碍に向かっても失速して跳ばない翡翠。
失権のベルが鳴ると、急いで帰ろうとする翡翠。
せっかく茨城県大会でてんてんと楽しく跳べたのに、翡翠ではてんてんと同じように楽しく跳べないという現実がとてもショックで。
それに追い打ちをかけるような先生の言葉。。。
言われた時、自分の予想以上にショックで号泣しました。
それからさんざん考えたのです。
私は馬を変えてまで競技に出たいのだろうか?
翡翠に乗れれば競技に出れなくてもいいのか?
考えた末にたどり着いた結論が
『障碍じゃなくて馬場でもいい。
翡翠と楽しく競技に出れたらそれでいい。』だったのです。





そうして臨んだ今年最初の試合。
2月半ばのスクーリング。
結果はボロボロ。
馬事公苑の中でも翡翠にとっては初めての「ドレッサージュアリーナ」での試合。
20×60の中に入ることを嫌がり、隙あらば逃げ出そうとしてまったく演技にならず。
障碍じゃなくて馬場なのに、やっぱり翡翠で競技に出ることは無理なのか、と本当に悲しくなりました。
この競技会ではっきりわかったこと。
それは
『私は競技を楽しみたい。』ということでした。
障碍がダメならとりあえずは馬場でもいい、
翡翠と競技を楽しめたらそれでいい、
馬場で頑張ってから障碍に復帰できたらいい。
そう思って馬場に取り組んでいます。
でも馬場の試合も楽しめないとなったら、たとえ普段の練習が楽しくても翡翠に乗り続ける気にはなれません。
特に馬場は本番で魅せて評価されてなんぼのおもしろさ。
クラブで2歩毎ができたって本番でまともに速歩すらできないのでは話になりません。
翡翠はアマチュアには難しい馬だ、とずっと言われ続けてきました。
その難しさは競技馬場に入ったときのテンションのコントロールであり、
それは障碍だから興奮してしまうのではなく、馬場の試合でも同じように難しいのだ、ということをこの試合で思い知らされたのです。
競技馬場でテンションが上がってしまうのは障碍物の有無に関係なかったのです。
この現実に打ちのめされた私は、しばらく乗馬拒否してました。





3月に入るとまず障碍、続いて馬場の県大会がありました。
障碍の試合は先生だけに出てもらい、様子を見て私は馬場にエントリーする予定でした。
障碍の試合直前に久しぶりに障碍を跳んだ翡翠。
昨年12月以来ですから3ヶ月ぶりです。
ここで驚くような変化が

ものすごく軽やかに跳ぶのです。
自分から障碍に向かっていくのです。
しばらく跳んでいなかったおかげで、翡翠自身がとてもリフレッシュした様子。
競技も昨年のようなおかしな雰囲気はまったくなく、すべて満点でゴールしてくれました。
その翌週には馬場の試合。
結局私も出場しましたが、慣れてる競技場のせいかスクーリングの時のような惨敗にはならず、全競技入賞してくることができました。
先生の入賞はともかく、自分の入賞は嬉しくて思わず号泣してしまいました。





次の競技はまた馬場の予定ですが、今は障碍を跳んでいます。
この日も軽くミニコースを跳びましたが、馬場をずっとやっていたせいか、人馬ともに障碍でも大きな変化が見られています。
私自身、障碍ポジションで乗るのが以前よりラクになりました。
馬場のように座りすぎないように意識しても、ちゃんと馬をコントロールすることができるようになったのです。
翡翠は自分から障碍に向かっていくようになりました。
昨年の悪夢は忘れてしまったかのようです。
駈歩のリズムもとてもよくなり、私もそのリズムをジャマせず乗れるようになった気がします。
思わぬ馬場効果にニンマリ楽しく跳んでいる今日この頃です


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